(株)グローバルテクノ 代表取締役 砂川清栄 <アイソムズ2003年5月号より>
|
マネジメントの大家として、未来学者として、また思想家としてビジネスマンに大きな影響力をもつドラッカー氏は、世の中は、いま、資本主義からポスト資本主義(ネクストソサエティ)に移行する過渡期にあり、この政治的、経済的、社会的混乱は 2020/30 年代まで続き、これにともない企業のあり方も大きく変革していくという。
ドラッカー氏の言葉を拝借すると、ネクストソサエティのトップマネジメントは、組織の三つの側面である経済機関、人的機関、社会機関をバランスさせなければならない。先進国では、物質文明から精神文明への回帰現象が起き、ミクロ的に見ても、ネクストソサエティに向けての前兆とも思えるような出来事が世の中で次々と起こっているご時世でもある。われわれ業界のあり方も大きく変化していくものと思われる。
組織のマネジメントシステムは、ISO を中心にこの 10 年で大きく変貌してきたが、まるで、必然的に、ネクストソサエティに向けてのさらなる進化を目指しているように思えてならない。ISO マネジメントシステムは、QMS であろうが、EMS であろうが、早晩、コンプライアンスマネジメントを包含する必要性に迫られてくるであろう。
|
不祥事件と企業倫理の高まり |
米国最大級の企業エンロン社の粉飾決算、その会計監査を司るアーサ・アンダーセン会計事務所の監査不祥事により、この世界的大企業2社が事実上消滅し、あるいは他企業に吸収合併されたのはわれわれの記憶に新しい出来事である。これにより、いやがうえにも、企業倫理すなわち企業の社会的責任 CSR(備考1参照)が、あらためて、全世界的な関心事になり注目されるようになってきた。
日本においても、1990 年代から企業、特に金融機関の相次ぐ不祥事の発覚により企業倫理が厳しく問われる時代になってきた。1990 年代後半は、内部体制の透明化を促進するために ISO9000 のシステム導入を大義名分に掲げ、全事業所に ISO 導入を促進する企業も出てきた時代であった。
日本において、このように企業倫理が真摯に論議される発端となったのは、山一證券の特定顧客に対する損失補填から、2,600 億円の簿外債務に端を発した倒産(自主解散)、さらに、追い討ち的に、1995 年に発覚した大和銀行のニューヨーク事件ではなかろうか。この事件は、世の中に大きくクローズアップされ、当時、新聞・テレビなどのニュースメディアでも大きく取り扱われ、その後に起きた内部管理体制の不備による株主代表訴訟は、当事者だけでなく、その他の企業の経営陣にとっても大きな関心事となった。
その後、2000 年になって、金融機関のみでなく、日本を代表するような、特に一般消費者になじみの深い雪印乳業の食中毒事件、日本ハムの牛肉偽装事件などの不祥事件が発覚し、社会の厳しい批判を受けたのは周知の事実である。これまで数多くの不祥事件が引き起こされているが、このように企業が関わった不祥事により、日本国民の安全そのものが脅かされる事態が続発していることに端を発して、経団連が 2002 年 10 月に企業行動憲章の再改定を行い、東京商工会議所も同年 12 月に企業行動規範を制定し公表した。
さて、ISO(国際標準化機構)は、有形の物作りにおける世界標準化を目指して、1946 年に設立され、1987 年には、当時画期的とも言われた無形の品質保証の規格、ISO9000 シリーズを発行し、1996 年には社会的関心の深い環境管理分野にも進出して成功を収めてきた。しかしながら、これだけでは経営の持続・成長が望めないことは、多くの名だたる大企業が、不祥事により消滅あるいは経営の危機に直面している事実を見れば明らかである。
|
|
コンプライアンスマネジメントのISO化の動き |
大企業では、野村證券による総会屋への損失補填、NEC の防衛庁装備品に関わる水増し請求事件、雪印乳業の食中毒事件における経営陣の対応のまずさと公表の遅れ、雪印食品・日本ハムに代表される食品業界・スーパーの牛肉偽装事件、三菱自工のリコール隠し、三洋電機の太陽熱発電の問題、東京電力の原子力発電問題、佐世保重工業の生涯能力給付金虚偽申告・搾取事件など例をあげれば枚挙にいとまがまない。
去る 3 月 24 日、東京商工会議所で、ISO における CSR(Corporate Social Responsibility:企業倫理)の現状の講演があり、その中で講演者の一人(経済産業省産業技術環境局標準化の矢野友三郎氏)は、日本でもECS2000(企業倫理遵守規格:備考2参照)が発行されているが、先進諸国でも、それぞれ自国の CSR 規格が発行されていると報告された。これらの規格をもとに第 3 世代の ISO として発行するために検討が行なわれており、2006 年には ISO 化される見込みと報告された。
|
岐路に立つ ISO関連業界の倫理観 |
さて、ISO9000 シリーズで始まった審査登録制度も軌道に乗り、全世界での認証件数は、現時点では、おそらく 60 万件を突破していると思われる。2001・2002 年は、世界の工場と呼ばれる中国の認証件数の伸びが著しく、最新の正確なデータはないものの、昨年度発表の 2001 年時点でのデータから推測すると、おそらく現時点での認証件数は、英国を抜いて中国がトップであろう。
中国は、一昨年、外国認定機関(主に欧米系)で認定された審査登録機関の不正な活動が目に余るとして、中国で活動する外国の審査登録機関の信頼性に疑問を抱き、これらの外国系審査登録機関に対して毅然たる態度を示して業務停止を含む活動制限措置をとったと見聞する。これには、政治的な思惑も絡んでいたかもしれないが、少なくとも中国で認定されて活動する外国系審査登録機関の行動規範・姿勢に大きな良き影響を与えたことだろう。
全世界的に ISO 認証件数が増加していく一方で、審査登録機関としてあるまじき行為の結果、その上位団体である認定機関から業務停止を食らった審査登録機関も各国で出てくるようになってきた。日本でも、これまで、認証業務一時停止の国内審査登録機関も複数出たが、一部の外国の機関は、日本の認定機関からの何ら制約も受けないため野放し状態であるとの声も聞かれる。公正性、信頼性、適格性、独立性に疑問を抱かざるを得ないような状況が各地で展開されているのを各地の審査員・コンサルタント・営業マンから聞くにつけ、現在のISO 審査登録制度の運用は、がけっぷちに立たされている感がする。早急に是正していかないと市場から締め出しを食らうのは目に見えている。
自由競争の下で各社顧客獲得のためしのぎを削っている現状は、公共性の高いこの事業に自由競争の名の下で商業主義が深く浸透し過ぎた結果、売上至上主義により一部関係者のモラルの低下、しいてはモラルの麻痺現象を誘発している。孔子は、論語の中で、ココロノホッスルママニシタガウモノリヲコエズ(心の欲するところに従うも法を越えず)と人間の生きる姿を教えている。この人生哲学は 2500 年後の今でも本質的には何も変わっていない。洋の東西を問わず、人間のあるべき姿、歩むべき姿を教えている有史以来の真理である。
また、言志四録(江戸末期の大儒学者・佐藤一斉著、備考3参照)の中に「身恒(つね)に病むものは その痛みを覚えず。心恒に病むものも、またその痛みを覚えず」とある。小さな不正でも黙認していると業界の常識化として片付けられてしまう。不正が一時的に正当化されることになってしまう。一番怖いのは次第に心が腐って罪悪感がなくなってしまうことである。
今回、JABは、JAB に勤める審査員が JAB 認定研修機関の講師をすることを全面的に禁止し、JAB の認定審査員を講師にしないように研修機関に協力を求めた。ある研修機関(複数)の問題ではあったが、実際に JAB の認定審査員が特定の研修機関の講師リストに名を連ね、あるいは研修講師として認定した研修機関で講師をすること自体、考えてみればおかしなことである。
京セラの最高顧問である稲盛和夫氏は、「ものの道理から見ておかしいと思えることは、必ず最後には世間でもおかしいと認められるようになる」と教える。まさにそのとおりで、早い段階で警鐘を鳴らすことは大変良いことである。
関係者の良心の麻痺の恒常化を未然に防止する意味でも、各国の認定機関は、この認証スキームの正しい運用について審査登録機関、研修機関、審査員、コンサルタント、企業、関係者各位に知らしめる広報活動をもっと積極的に行うべきである。
|
ISOマネジメントシステムの核をなす コンプライアンス経営 |
これまで、各国の認定機関は、この業務に関わるすべてに対して広く伝える社会的責任を充分に果たす努力をしてきたのだろうか。認定機関は、認定するだけでなく認定を受けた業者を管理する社会的責任を果たすために目に見える活動をしなければならない。番犬は吠える、場合によっては噛みつくことをするのが役目である。業界の発展のために、またこの認証スキームを正しく活用していただくためにも、「小善は大悪に似たり、大善は非情に似たり」の心構えで事にあたるべきである。
企業の発展と事業継続には、経営理念を明文化し、全社員に浸透させることから始まる。これに加えて、これからの経営は、不正行為を未然に防ぐための遵守基準や行動規範を明文化し、それを実践していくための具体策として手順を定め PDCA を回していくことが求められる。法令遵守やどんなに立派な経営理念を掲げても実践しなければ、「仏造って魂入れず」で形骸化してしまう。理論でなく実学すなわち実践して役に立つこと、いわゆる知行合一でなければならない。
多くの経営者が心酔し、人生の師として仰ぐ稲盛和夫氏は、全国的組織である盛和塾(備考4参照)で経営者(経営幹部、リ−ダー、プロフェッショナル)に対して、判断・決断の基準となる心の座標軸をもつことの大切さを教える。「仁」「義」「誠実」「公平・公正」「勇気」を念頭に人間として何が正しいのか、原理原則に基づいての判断基準となる心の座標軸をもつことを教え経営者に対して心の経営の大切さを説く。含蓄のある言葉一つひとつが氏自身の成功の具現化した結晶であると思う。小生は、多くを語る資格も力量もないが、稲盛塾長の教えには人生哲学が凝縮されており、真理があり、心に響く言葉はまさに今、われわれが必要としているのではないだろうか。
最後に、われわれが関わっている業界(認定機関、審査登録機関、審査員研修機関、認証取得企業、審査員、コンサルタント、関係者)は、特に、コンプライアンス経営を意識し、率先垂範して取り組むべきである。現在の ISO9001 および 14001 ではそこまで要求していないが、将来必ずコンプライアンスマネジメントはその中核になると考えられる。
なお、コンプライアンス経営の第一段階である行動規範作成のモデルとして、有効であると思われるので、東京商工会議所が公開している企業行動規範を参考までに掲載する。
|
東京商工会議所企業行動規範 |
T.企業行動規範(案) |
1.法令の遵守 |
法令を遵守し、立法の趣旨に沿って公明正大な企業活動を遂行する。 |
2.顧客(消費者)の信頼獲得 |
市場における自由な競争のもとに、顧客のニーズにかなう商品・サービスを提供するとともに、正しい商品情報を的確に提供し、顧客の信頼を獲得する。 |
3.取引先との信頼関係 |
公明正大な取引関係の上に取引先との信頼関係を築き、相互の発展を図る。 |
4.株主・債権者の理解と支持 |
公正かつ透明な企業経営により、株主・債権者の理解と支持を得る。 |
5.社員・従業員の連帯と自己発現への環境づくり |
社員・従業員が企業の一員として連帯感を持ち、自己の能力・活力を発揮できるような環境づくりを行う。 |
6.社会とのコミュニケーション |
広く社会とのコミュニケーションを図るため、社会の要求に耳を傾けるとともに、必要な企業情報を積極的に開示する。 |
7.個人情報等の適正な管理 |
個人等の情報、自社の秘密情報を適正に管理する。 |
8.政治・行政との関係 |
政治・行政と健全かつ透明な関係を維持する。 |
9.反社会的勢力および団体への対処 |
社会の秩序や安全に脅威を与える反社会的勢力および団体とは関係を持たない。 |
10.地域社会との共生 |
地域の発展と快適で安全な生活に資する活動に協力するなど、地域社会との共生を目指す。 |
|
編集室注:上記東京商工会議所の「企業行動規範」は同・会議所の承諾を得て掲載しています。また、誌面の関係で「はじめに」と「企業行動規範の実践」「規範違反事態への対応」は省略しています。全文は東京商工会議所のホームページを参照ください。 (http://www.tokyo-cci.or.jp/kaito/teigen/141212.html) |
|
備考1: |
CSR とは Corporate Social Responsibility の頭文字で企業の社会的責任の意味。組織が法令、社会ルール、職業倫理や規範を守り実践していく上での組織(トップ)の社会的な責任。コンプライアンス経営:コンプライアンスとは法令遵守を意味し、コンプライアンス経営とは、企業活動において、法律を遵守し、法の精神を守り企業経営活動を実践することを指す。 |
備考2: |
ECS2000 とは、企業倫理の規格で麗澤大学経済研究センターが「企業倫理研究会プロジェクト」を立ち上げ 2000 年5月に発行した倫理法令遵守マネジメント規格である。
弁護士、公認会計士、コンサルタント、大学研究者、企業関係、その他スペシャリストが参画して作成した規格で、PDCA を回して倫理法令遵守のパフォーマンスを高めていくための規格。詳細はホームページにて、http://ECS2000.reitaku-u.ac.jp |
備考3: |
言志四録は、江戸末期の大儒学者・佐藤一斎の代表的な著作で、「少にして学べば、即ち壮にして為すこと有り。壮にして学べば、即ち老いて衰えず。老いて学べば、即ち死して朽ちず」などの人生訓・経営訓・処世訓を網羅した書物である。彼の思想は、佐久間象山、そして吉田松陰、勝海舟、坂本竜馬へと引き継がれて明治維新を経て、現代でも「人生の書」として、あるいは座右の銘として愛読する指導者が多い。 |
備考4: |
盛和塾とは、会員数 55 塾、3,099 名(2002 年 11 月現在)からなる全国的な経営者の勉強会である。もともと京都の若手経営者が京セラ(株)の稲盛名誉会長から人としての行き方「人生哲学」、経営者としての考え方「経営哲学」を学ぼうと 1983 年に集まった自主勉強会に端を発している。稲盛塾長は心ある企業経営者こそ明日の日本を支えるとの信念に基づき,ボランティア活動としての盛和塾に熱心に取り組んでいる。
盛和塾ホームページhttp://www02.so-net.ne.jp/~seiwa/ |
|